私は首都圏の某地域で個人契約の家庭教師をしています。
仕事の依頼として多いのは、中学受験専門の大手進学塾の授業フォローやテスト対策です。こうした依頼を何件もこなしてきたため、塾の傾向などを把握していますし、生徒を塾で成績アップさせる効果的な指導も行えます。いっそのこと「●●塾対策専門家庭教師」を名乗って集客したいと思っています。
でも、そんなことをしたら、「塾の名前を勝手に使うな!」「塾の教材やテストを勝手に解説するな!」などと塾から訴えられないか心配です。
首都圏や関西圏では中学受験が盛んです。そのため、中学受験専門の大手進学塾がしのぎを削っています。また、塾生やその保護者も、塾内でクラスがアップダウンすることを気にしていて、塾での成績アップを目的として個別指導塾や家庭教師を利用するなんてことも……。こうした事情があるため、相談者のようなビジネスを考える人たちも少なくないんですね。
今回は、塾の名前を集客に利用したり、塾の教材などを解説したりすることが法的にどう評価されるのかを紹介します。
サピックス VS 中学受験ドクター
平成30年5月11日、東京地方裁判所が興味深い判決を下しました。(判決文全文はこちら)
この裁判の原告は、中学受験専門の大手塾として最も勢いのある「SAPIX(サピックス)」、被告はサピックスなどの塾のフォローを行う個別指導塾「中学受験ドクター」。サピックスは、中学受験ドクターが「サピックス対策」を宣伝に使っているのが気に食わない。なもんで、中学受験ドクターを訴えちゃいました。
サピックスの主張は、大きく分けて次の2点。
- 中学受験ドクターがサピックスの名前を使ったり、サピックスの教材などを解説したりするのは、不正競争防止法2条1項1号の「使用」に当たる。
- 中学受験ドクターがサピックスのテストなどを無断で使うことはサピックスに対する営業妨害行為なので、民法709条の不法行為に当たる。
サピックス VS 中学受験ドクターのケンカについて、裁判所は次のように言いました。
(前略)大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ、他の学習塾が業としてその補習を行うこと、すなわち、当該大手学習塾の授業内容を理解し、又はその実施するテストの成績を向上させるため、当該大手学習塾の問題や教材を入手し、その解説等を行うとのサービスを提供することは、自由競争の範囲を逸脱するものではなく、そのような営業形態が違法ということはできない。
サピックスの主張2をバッサリ!
裁判所はこの前の部分で1も否定しているので、サピックスの全面敗訴です。
不正競争防止法2条1項1号って何?
サピックスの主張1に出てくる不正競争防止法2条1項1号を引用します。
他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
この条文を根拠にして、サピックスは「中学受験ドクターがサピックスの子会社っぽく見えてお客さんが誤解するから迷惑!」と言いました。サピックスの教材やテストは一般書店に流通していない非売品です。こうした事情もあって、サピックスは強気だったんでしょうね。
しかし、裁判所は「いやいや、お客さんは誤解しないから!」と退けました。また、中学受験ドクターはサピックスの「問題や教材の解説を求める保護者や生徒から任意の提供を受けて解説を行っていると理解するのが自然であ」るとも述べています。お客さんからの依頼であれば、塾のテストなどを解説しても問題なしってことですね。
中学受験のために子どもを塾通いさせる親は、クラスのアップダウンにピリピリしているんだ。
そんな親たちの中には、塾のテスト対策や授業の予習などに必死な親もいるっていうよ。
だから、サピックスが「予習禁止」と言っているにもかかわらず、ネトオクで模試の過去問や中古教材を購入する親が後を絶たない。
志望校合格が本来の目的であるはずなのに、いつのまにか塾での成績アップが目的になっているってわけだね。こうした親たちのドロドロ事情も今回の訴訟の背後にはありそうだ。
著作権侵害に当たらないが営業妨害?
サピックスの主張1は民法709条の不法行為で攻めています。サピックスは、自ら作成したテストや教材を「著作物」であるとしながらも、なぜか著作権侵害ではなく不法行為を採用してるんですよ。
その理由は、テストや教材が、著作権法が定める「著作物」の定義「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」に該当しない可能性があると判断したからでしょう。
テストや教材に収録されているのは、入試問題を改変した問題や他の問題集などに載っている問題の類問ばかり。それらの寄せ集めに過ぎないテストなどは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではなさそうです。
ちなみに、著作権侵害といえば、サピックスは国語の読解問題作成で文芸作品やイラストを無断転載し、松谷みよ子さんや谷川俊太郎さん、五味太郎さんといった有名な作家や詩人から訴えられています。そんな黒歴史があるからこそ、著作権侵害を主張することがためらわれたのかもしれません(笑)
というわけで、サピックスは「うちの塾にはプリバードという個別指導塾もあるのに、中学受験ドクターのせいでプリバードにお客さんが来ないじゃねえか!」という言いがかり営業妨害の主張をしましたが、残念な結果になっちゃいました。
塾の名前や教材を利用するのは自由だが……
判例を読む限り、塾の名前を集客に利用したり、塾の教材などを解説したりしてもOKってことになりますね。しかし、今回の判決はあくまでも地裁のものです。この後、控訴、上告と進んだとき、判決が覆る可能性もあるので要注意です。
もっとも、塾が作った教材などを使ってお金儲けするのは、人の褌で相撲を取る行為です。それを自分の商品の核に組み込んだり、大っぴらに宣伝したり……というのは、リスクが大きいと思います。特に、弱小な個人塾や個人家庭教師などは、大手塾からクレームが来ると、その対応だけでいっぱいいっぱいになるはずです。これはもう、法的にどうこうという問題じゃないでしょう。
利益とリスクとを天秤にかけて、自分はどういう方向性でお金を稼ぐのかを明確にすることが、個人事業主には求められます。