【行政書士試験】シリーズでは、過去の行政書士試験に出題された判例をわかりやすく解説します。
今回解説するのは、「奈良県ため池条例事件」として有名な最判昭和38年6月26日です。「行政書士試験」では、平成29年の問4に出題されました。(問題はこちら)
シリーズ最初の記事なので、判例解説の前に、ぼっちだこの思うところをちょっとだけ書いておきますね。「そんなの読みたくねーよ!!」って人は、読み飛ばしちゃってください!
丸暗記に走らず最高裁判例の原文を読んでみよう
行政書士試験に限らず、資格試験合格を狙う受験生は「効率よく勉強して結果を出す」ってことをいつも考えていると思います。
まあ、私もかつて司法試験を目指していた(というほど真面目に勉強していなかった(笑))からわかりますが、正直、判例なんて読みたくないわけですよ。
だから、「事件の概要と結論だけ覚え解けばいいだろ?」みたいに思っちゃって、「丸暗記だー!!」と意気込んで司法試験予備校の受験対策本を覚えようとするんですが……。
これがつまらないの何のって……。しかも、苦痛の割には記憶に残らないという悪循環!
出題範囲の狭い大学法学部の期末試験くらいだったら丸暗記でも何とかなりますが、司法試験になるとやっぱり無理!
そんな苦い体験をした私が今になって思うのは、「判例は原文を読んだ方がいい」ってこと!
原文だと、事件の詳細が書かれていて、多数意見の論理もはっきりわかるので、「なるほど!」と納得しやすいんですよ。
結論に賛成するかどうかは別問題です。でも、最高裁が目指している社会の方向性というか、法解釈の中に「正義」や「公平」といった概念が透けて見えて、記憶に残りやすいのは確かです。
基本書や記事に書かれた判例の要約だけを読むと、「とんでもない判決だな!」と思う判例でも、原文を読むと違った感想になるなんてことも……。自分の思い込みを払拭する意味でも、原文を読むのは大切です。
読者の皆さんにも、ぜひ原文に当たってもらいたいと思っています。裁判所の公式サイトを利用すれば、試験によく出る最高裁判例はほとんど読めます。
奈良県ため池条例事件ってどんな事件だったの?
まずは、奈良県ため池条例事件の概要から。(最高裁判例の全文はこちら)
奈良県磯城郡のある村に、かんがい用のため池がありました。このため池は、近所の農民たちがみんなで一緒に使っているものでした(共有or総有)。
ため息の周りを囲う堤塘(ていとう=堤防・土手)には、Yを含む農民たちが先祖代々、茶や柿を植えて収益を得ていました。
そんな平和な村で事件が起こります。
昭和29年、奈良県は「ため池の保全に関する条例」を制定し、ため池の堤塘で耕作することを全面禁止しました。条例の目的は、ため池の破損や決壊などを防ぐことでした。
堤塘に植物を植えると、その根っこが腐ってこれをエサとするミミズが繁殖し、さらにミミズをエサとするモグラが住み着きます。で、モグラが堤塘にボコボコ穴をあけて、堤塘がもろくなっちゃうってわけ。(このあたりの詳細は最高裁判例に書かれていません)
そんなわけで施工された条例は罰則付きだったこともあって、農民たちの多くは堤塘での耕作を自主的にやめました。
しかし、納得できないYたち一部の農民。条例を無視して堤塘での耕作を続けていたら……。案の定、条例違反で罰金刑を食らっちゃいました。
昭和29年に奈良県で「ため池の保全に関する条例」が制定されたのは、前年の昭和28年に西日本水害が起こったからなんだよね?
そうだね。西日本水害では、梅雨前線による集中豪雨で九州地方北部の河川が氾濫して、死者・行方不明者が1000人以上、被災者が約100万人に膨れ上がったんだ。この水害をきっかけに、全国で治水対策の見直しが進んで、堤防の強度についても関心が高まったよ。
堤防の弱体化を招く植物としては菜の花が有名だ。菜の花は、春になると川沿いを黄色く彩って、とってもきれいだ。一方で、深根性植物なので、根っこが堤防の奥深くに入り込んで、そこにミミズとその捕食者であるモグラが集まってしまう。モグラ穴があちこちにできた堤防は、決壊するリスクが高いといえるね。
だから、最近では、あちこちの川で菜の花畑を潰してコンクリートで固める護岸工事が行われているんだ。平成30年に起こった西日本豪雨でもため池の崩落で死者が出ているから、農林水産省がため池の管理基準の見直しを検討しているよ。全国的に護岸工事がさらに徹底されていくんじゃないかな?
奈良県ため池条例事件で最高裁はどんな判決を下したの?
次に、いきなり最高裁の結論を読む前に、「どんな論点があるのかな?」って考えてみるといいですよ。
奈良県ため池条例事件について、私なりに思いついた論点を書き並べますね。
他にも論点があるかもしれませんが、これらを念頭に置いて、最高裁判例を読んでいくと理解しやすくなります。
行政書士試験対策に限らず、何らかの問題にぶち当たったときは、論点を整理すると解決がスムーズになります。
では、それぞれの論点に対する最高裁の考え方を確認していきましょう!
堤塘で耕作する権利は何らかの制限を受けるの?
Yたちは、実際に堤塘で耕作して利益を得ていたわけですが、この権利について最高裁は次のように判断しています。
ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は、本条例一条の示す目的のため、その財産権の行使を殆んど全面的に禁止されることになるが、それは災害を未然に防止するという社会生活上の已むを得ない必要から来ることであつて、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は何人も、公共の福祉のため、当然これを受忍しなければならない責務を負うというべきである。
「権利は公共の福祉で制限されるよ!」と言っていますね。
公共の福祉とは社会全体の利益のことです。相反する自由や利益がぶつかったときに、それらを調整して公平を保つためのルールとされることが多いですね。
奈良県ため池条例事件では、堤塘の決壊などを未然に防ぐによって人々が安全に暮らせる権利と、堤塘で耕作する権利とがぶつかっちゃいましたが、最高裁は前者を優先しました。「災害が起こったら多くの人たちが困るだろ?だから、堤塘で耕作できなくなるけど我慢しろ!」って理屈。
堤塘で耕作する権利は憲法で保障される権利なの?
ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであつて、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にある(後略)
この部分は、ざっくり言うと「他人に危害を加える可能性のある権利は、そもそも財産権として保障されないよ!」ってこと!
たとえば「他人をだましてお金をむしり取る権利」のような、他人を犠牲にして自分を利する悪質な権利は、そもそも権利として法的に保護されませんよね?それどころか、詐欺罪として規制されていますよね?
堤塘を耕作する権利もこれと同じってわけです。だから、「法的保護に値しない」と最高裁はつっぱねてるんです。
堤塘で耕作する権利が制限される場合、補償は必要なの?
本条例は、災害を防止し公共の福祉を保持するためのものであり、その四条二号は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利の行使を著しく制限するものではあるが、結局それは、災害を防止し公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ないものであり、そのような制約は、ため池の堤とうを使用し得る財産権を有する者が当然受忍しなければならない責務というべきものであつて、憲法二九条三項の損失補償はこれを必要としないと解するのが相当である。
「公共の福祉」を錦の御旗に「補償は必要なし!」と言い切っちゃってるのがムカつきますが、これが最高裁の判断である以上、受け入れるしかありません。
まあ、このあたりの判断はバランス感覚ですよね。
たとえば、仮想通貨アフィリエイトで荒稼ぎしていたアフィリエイターが、国の仮想通貨規制によって廃業になったとしましょう。このアフィリエイターは、自らが被った損害について「補償しろ!」って国に主張できますか?できませんよね?
補償は国民の税金から支払われるお金です。法的に保障されない権利まで補償の対象にしたら、それこそ税金の無駄遣い!
最高裁は「堤塘で耕作する権利は法的に保障されない」と断定した以上、「そんな権利は補償の対象にならない」って流れになるのは当たり前といえば当たり前でしょう。こういう“当たり前”の感覚を磨くことも大事ですよ。
堤塘で耕作する権利を条例で制限していいの?
「そもそも法的に保障されない権利なんだから、条例で制限しても問題なし!」ってのが最高裁の判断です。
「法的に保障されない権利はどんな制限がかかっても裁判所は救済しません!」と言っているわけで、ヒジョーに危険な香りがしますが、これ以上はツッコまないでおきましょう(笑)
ここまでで判決は出ていますが、最高裁お得意の“余計ななお書き”があるんですよ。
なお、事柄によつては、特定または若干の地方公共団体の特殊な事情により、国において法律で一律に定めることが困難または不適当なことがあり、その地方公共団体ごとに、その条例で定めることが、容易且つ適切なことがある。本件のような、ため池の保全の問題は、まさにこの場合に該当するというべきである。
こーゆうのを最高裁が書いちゃうと、それが後の裁判を拘束するんで、「余計なことを書くなよ!」って思うんですがねぇ……
最高裁は「国が法律でコントロールできない特殊な事情については、地方自治体で条例をコントロールしてね!」と条例制定にお墨付きを与えたんですよ。
条例で罰金刑を定めてもいいの?
日本国憲法31条は、次のように定めて、法律以外を根拠として刑罰を科すことを禁じています。
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
条文を素直に読む限り、条例に罰則を定めることが違憲のような気がします。
この点については、最高裁が昭和37年5月30日に「条例に罰則を定めてもOK!」と判決を下しているので、奈良県ため池条例事件でもこの判例を踏襲しています。(最高裁昭和37年5月30日判決の詳細はこちら)
憲法・法律・条例の関係については、いつか別の記事で詳しく解説する予定です。
財産権を条例で制限することの是非は議論されなかった
奈良県ため池条例事件では、堤塘で耕作する権利は憲法などで保障される財産権と認められませんでした。
となれば、財産権を条例で制限することの是非については、そもそも議論されなかったはずですよね?
ここまで理解できれば、行政書士試験の平成29年の問4で、妥当ではない選択肢がパッとわかるでしょう。
ちなみに、奈良県ため池条例事件の最高裁判例には、補足意見や少数意見がモリモリくっついています。それらに目を通すのもいいんですが、多数意見と混同しないようにしてくださいね。
今回は奈良県ため池条例事件の最高裁判例を解説しましたが、「やっぱりわかりにくい」と感じる読者もいるかもしれません。
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