私は水彩画を描いている女流画家です。
数か月前、作品を展示販売するため、Aギャラリーで個展を開催しました。その初日、40代くらいの男性Yがやって来たんです。Yは「とても魅力的な絵ですね」と言いながら、在廊していた私に話しかけてきました。私は「絵を気に入ってくれたのかな?」と思って、Yと10分間ほど作品について話をしました。この日はこれだけでした。
でも、Yは会期中に何度もやって来て、毎回私に声をかけてきました。私と数十分も世間話をしていくんですが、作品を購入する気配は全くありません。他にもお客さんがいらっしゃったのに、私はYのせいで対応もできず……。かといって、Aギャラリーの常連さんであるYを邪険に扱うわけにも行きませんでした。
そんなこんなで個展が終了しましたが、その一週間後、なんと、Yが私の家の近くに現れたんです!Yは「たまたま用事があって来たんですけど、またお会いできるなんて偶然ですね」とニヤニヤしていましたが、本当に偶然なのかどうか……。
不安になった私はAギャラリーのオーナーZに、それとなくYのことを聞いてみました。そうしたら、「Yさんが『やっぱりXさん(私の本名)の作品が気になって仕方ない。Xさんに手紙で問い合わせたいから、Xさんの住所を教えてほしい』としつこいので、つい教えちゃいました」とのこと。
ギャラリーのオーナーが出展者の個人情報を勝手に漏洩するなんて、いったい何なの?Zのせいで私はこれからずっとYに怯え続けなければならないんですよ!
もう嫌!Zに損害賠償請求したいです!
相談者を困らせるYは、「ギャラリーストーカー(アーティストストーカー)」と呼ばれる人種です。気持ち悪い中年男性に付きまとわれる女性アーティストが気の毒です。
もっとも、相談者の被害を拡大させたのはギャラリーのオーナーです。このように勝手に個人情報を漏洩する輩を法的に訴えることはできるのでしょうか?
ギャラリーストーカーっていったい何なの?
ギャラリーストーカー(アーティストストーカー)は、客やファンを装ってアーティストに近づき、個人的な関係を持とうとする人たちのことです。
多くの場合、若い女性アーティストが男性のギャラリーストーカーに狙われます。しかし、若い男性アーティストが迷惑なオバタリアンに付きまとわれるなんて事例も……おお怖っ!!
ギャラリーストーカーにはいろんなタイプがいますが、アーティストにとって迷惑なのは次のタイプでしょう。
これらが発展して、ボディータッチしてくるとか、自宅にやってきたとかになったら、フツーに警察に駆け込んでいいレベルですね。
警察がどこまで力になってくれるかは不明ですが、最近はストーカー行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法)もあるので、力になってくれることを期待したいです。
アーティスト本人ができるギャラリーストーカー対策としては、嫌なことは「嫌」とはっきり言う、名刺や紹介文に住所や電話番号などを書かない、作品購入などの話はすべてギャラリーを通すなどでしょう。
ギャラリーストーカーは気弱そうなアーティストを狙ってきます。だから、アーティストに「これ以上はムリ!」と言われたり、毅然とした態度を取られたりすると、さっさと諦めてしまうようです。
個人情報を無断で他者に教えると不法行為になる
ギャラリーストーカー自体が迷惑なのは確かです。しかし、そんなギャラリーストーカーに個人情報を教えてしまうバカ者がいたら……。
「腹立たしい」を通り越して、葬ってやりたくなりますよね?
もちろん、本当に葬るわけにはいかないので、法的な制裁を加えてやるのが一番でしょう。オーナーに損害賠償請求できるんでしょうか?
この点、参考になる最高裁判例があります。 平成15年9月12日の判決文です。
平成10年、早稲田大学に中国の江沢民国家主席が訪れて、講演会が行われました。このとき、警視庁は大学に講演会参加希望者の名簿を提出させました。名簿には、学生の学籍番号、氏名、住所、電話番号が記入されていました。
超偉い人がやって来るんだから、警視庁としては当然のことをしたまでですが、大学の対応がよくありませんでした。講演会参加希望者に無断で名簿を提出したからです。
で、講演会当日、参加者の中から「中国の核軍拡反対」などと大声で叫ぶちょっとアレな学生が出てきて、その学生を警察が「威力業務妨害」で現行犯逮捕!その後、逮捕された学生は大学からけん責処分を受けました。
処分が不服な学生は、「大学が名簿を警察に渡したのは不法行為だ!」などと言って訴えたんですね。
このことに対する最高裁の判決は以下の通りです。(全文はこちら)
「個人情報は法的に守られるものだし、それを無断で他者に教えると不法行為になるよ!」ってのが最高裁の判断です。
江沢民国家主席の警備という重大事においてさえ尊重される個人情報。ましてや、ギャラリーのオーナーがギャラリーストーカーにアーティストの個人情報を漏らしたら……。完全にアウトですよね?
他人の個人情報を漏らすと面倒なことになるかも
相談者のケースでは、今回の最高裁判例を見せながら、「損害賠償金をきっちり払った上で、迷惑なYを何とかしなさい!」とAギャラリーのオーナーの責任を追及するといいでしょう。
Yのストーカー行為がひどくなって引っ越す場合は、その引っ越し費用もすべてオーナーに負担させちゃえ!
ギャラリーのオーナーに限らず、他人の個人情報をうっかり漏らしちゃうと、損害賠償請求される可能性があります。これを私たちも肝に銘じて個人情報の管理を徹底しないと、面倒なことになりかねませんよ。
最近では、平成29年10月23日に、ベネッセ個人情報流出事件に関連する最高裁判例が出たよね。
平成26年、「進研ゼミ」や「こどもちゃれんじ」などで有名なベネッセコーポレーションの顧客情報が流出。犯人は派遣社員のエンジニアで、顧客情報を持ち出して名簿業者に売っちゃったんだ。
この事件のせいでベネッセでは顧客離れが起きて、赤字経営になったっていうよ。
平成29年10月23日の上告審は、ベネッセの顧客だった男性が「個人情報が漏れて不快感や不安を抱くようになったから損害賠償しろ!」と訴えた事件に対する判決だった。二審の大阪高裁は男性の請求を認めなかったけど、最高裁は「もっと十分に審議しろ、ボケ!」と言って、大阪高裁に事件を差し戻したんだよ。
ベネッセとしては、顧客全員に500円の金券を渡してお詫びしたつもりだったのに、最高裁が厳しい判決を下したから窮地に追い込まれちゃったね。
差し戻し審の大阪高裁の判決によっては、ベネッセの経営はますます苦しくなるはずだ。被害者の会などが集団訴訟が一万数千人規模にも膨れ上がっているから、それらがどうなるかにも注目していきたい。